第十四話
第8章 独り立ち
バンビ田宮が忽然と姿を消した。その日は何の連絡もなく店に出て来なかったので、心配になって家に電話を入れてみたが、ずっと呼び出し音が鳴り続くだけだった。古株の先輩ホストに聞いたら、過去にも何度か姿を消すことがあったらしい。理由は分からないが、一年仕事していなくなり、又戻ってきては仕事していなくなる、といった繰り返しだったようだ。
ずっとバンビ田宮と派閥を組んで頑張っていたので、多くの客が集まって賑わい華やかだった生活が一挙に変わり、寂しいものはあった。それでも、ようやくホストの仕事に慣れて自立出来る様になってきたので、取りあえずは何とかなった。結果的に短い間となったが、忙しく頑張った最中、親しくなった仲間も出来た。ホストの仕事は派閥で成り立つ要素のあるので、一匹狼では難しい。自然に群れからはみ出た者達が集まるようになった。
先ず最初に、一番気が合い仲良かった仁科という男と組んだ。仁科は、ジゴロに来る前は色んな物売りのセールスをやっていた。当時の営業成績もなかなか良かったうよだ。そのせいか話が面白い。昔のバンドマンといった感じで、細い体にちょび髭を蓄えた風貌。決していい男とは言い難いが、何しろ愛嬌があって、お客に好かれていた。
次に仲間に加わったのは美堂という男。美堂は元は大阪でホストをやっていた男で、どちらかというと客に対して突き放すタイプのジゴロより、女性に優しいイメージを与えるホストと言った感じだ。踊りも上手く大阪で人気のホストだったようだが、東京に憧れて大阪の店を辞め、女と連れ立って東京に出て来た。「ザ・ジゴロ」では新人として再度修行を積んだが、素地があったせいか、すぐに頭角を表わして、店でも上位に上がった。人気になってきたので店を辞め、他店に移って他のホストと競ったようだが、負けて最近店に戻って来た男だ。
もう一人冬樹という男がいた。パンチパーマで、ホストというより見るからにヤクザという感じ。武闘派で喧嘩っぱやく、しょっちゅう歌舞伎町で殴りあいの喧嘩をしていた。ヤクザとも平気で喧嘩していた。中々気骨がある男でもあったので、ヤクザからもスカウトされたことがある。まだ先の話だが、ついにはホストを辞め、本物のヤクザになる。しかしその組は解散し、最後は
完全に足を洗うことになるのだが、それは大分先の話だ。
冬樹は派手好きで、彼の作ったパイロットスーツは、キンキラしており、今で言うとマツケンの衣装の元祖みたいなものだ。背中にはお経のような文章がぎっしり書いてあった。それを見た伏見直樹が「この男はいつか絶対ナンバーワンになる」と確信したほどだ。
そうした仲間がいつしか集い、話し合いで美堂が頭に立った。売り上げも美堂が一番で二番目に冬樹、三番目が俺の順だった。互いに異なる性格だったが、そうした性格が幸いだったのか、お互いに気があって、プライベートでも皆でつるんであちこちに出かけて行った。キャデラックやサンダーバードといった外車を乗り回し、皆で客の女を連れて海に行った事もある。
このメンバーが連れ立って歌舞伎町を歩いていると、通行人は道を空けて振り返った。「ジゴロ!」「あっ、ジゴロだ ジゴロだ!」と指差す者もいた。ポン引きやチンピラからは「(人気なのも)今だけだぞ」「いい気になっているんじゃねぇぞ!」「格好つけてるんじゃねぇ!ぶっ殺すゾ」と罵声を浴びたたこともあったが、全く気にならなかった。
実は、そうして連れ立って歩く事は、一種の宣伝効果がある。歌舞伎町の水商売の女・風俗嬢なども見ていて、突然店を訪問して来ることもある。又、ある時は風林会館の一階にある「パリジェンヌ」という大きな喫茶店に集まってお茶を飲みながら、誰かに電話を掛けさせる。
「ジゴロの○○様、ジゴロの○○様・・・お電話が入っています」とアナウンスしてくれる。そうすると、みんな興味深そうに俺達を見た。その中にはホステス達もいた。
そうした事も加わって、順調に売上げは伸びていったが、順位はなかなか変わらなかった。それは、それぞれの営業スタイルの違いも影響していたのかも知れない。
美堂や仁科の呼ぶお客の数は多い。すごく愛想が良く当たりが柔らかい。だから浅い客をいっぱい持っている。五〇人くらいはいた。大体はホステスの女が多いが、そうした客はたまにしか店に来ない。二十人〜三十人は来ても、それらは一ヶ月に一回とか二ヶ月に一回。
それに対して俺や冬樹の営業スタイルは、客に「俺の煙草に火を点けろ」「お前なんか店に来なくていいよ!」などと平気で言う。いわゆるB型タイプなのだが、そのせいか普通の客には嫌われ、普通の接待はできなかった。ヘラヘラしてお笑いタレントのようにヘルプについて客をを笑わせるようなタイプじゃない。
その為、3〜5人しか客がいない。但し、いずれも太い客。そうした客は人数こそ少ないが、いつも長時間店にいた。あるいは毎日店に通わせた客もいた。大体はヘルス嬢やソープ嬢だった。公私にわたり貢献してくれ、金払いも良いが、嫉妬深くもある。
「ザ・ジゴロ」に通う客は、太い客が3〜7名いて、あとは中堅の客、それに一般の客といった構成。大体3段階に分かれていた。枝になるほど人数は多くなるのが、それぞれの営業タイプでこの客層が違った。俺は、少しの太い客を廻しながら売上げを伸ばしていった。
****続きは次回更新までしばらくおまちください ***** |