第六話

第2章
新宿ジゴロの衝撃C

 店は派閥に分かれていた。5人の頭のホストがいて、その下に見習いホストが「ヘルプ」として4〜5人付いている。店で頭のホストが指名されると、一人につき3千円だが、その席のヘルプをすると8百円もらえる。人気のホストに付くと、指名客も多く結構な金になった。その上、頭のホストから小遣いを貰ったり、飲食を奢ってもらえたりする。家の無い者は一緒に住まわせてもらったりしている者もいた。その代わりにヘルプといわれるホストは、店以外にも頭のホストの部屋の掃除から洗濯、細々とした私生活の雑用までやらされていた。

  俺は(爆弾を入れた)事件を起こしてしまい干されていた。その話は、あっという間に店の中で広まったため、他のグループからも相手にされず完全に孤立していた。指名はなく、ヘルプにも呼ばれず、ただ突っ立っているだけだった。

  ただし、客は指名客だけではない、「フリー」といわれる誰の指名もしない客が来ることがある。たまたま店に入ってきた初めての客だ。その場合は、手の空いているホストが席に自由に座って良いことになっている。

  ある時、たまたまフリーの席に座ることができた。二人組みの客で一人は35歳くらいのスレンダーな色っぽい女性、そしてもう一人は20歳くらいでストレートヘアの清楚なお嬢さん風の女性だった。会話の中から色っぽい女性はスナックのママで、清楚な女性は歯科医の娘ということが分かった。
その席には俺以外にスニーカー清が付いて、スニーカー清はスナックのママ、俺は歯科医の娘と話があって、歯科医の娘は俺のことが気に入った風だった。
ある日のこと。店は12時に開店だが、実際、客は12時半〜1時、場合によっては2時にならないと客は来ない。それまでに新人は店の掃除をしたり、テーブルのセッティングをしたりする。ほぼ一段落したので、俺はソファーでゴロ寝を決め込んでいた。
突然、遊木が「クロサワちゃん!お客が来たよ」と俺を起こしに来た。驚いて入口に行くと、以前、フリーでついた歯科医の娘・ストレートヘアの大きな瞳の娘がはにかんだ顔で立っていた。
俺は「まだ始まったばかりだから、ちょっとお茶でも飲もうか」と外に誘った。娘は黙ってついてきた。

  コーヒーを飲みながら雑談したが、彼女は「テレビや雑誌で有名だから一度入ってみたかった」と店に来た動機を話した。会話は滑らかに進み、俺はお茶ばかりか、高級な日本料理店で懐石料理をご馳走になった。そのまま時間があっという間に過ぎ、店に電話した。店は同伴なら2時に入っても遅刻にならない。
初めての指名客がその歯科医の娘となった。水割りを作りながら、話はじめた所に、いきなりスニーカー清が割り込んできた。俺は新人だし、例の爆弾事件の負い目があるため、文句も言えなかった。

  スニーカー清は「今日はママはどうしたの?」とか言いながら、どんどん割り込んできた。いつの間にか彼女の隣に座って、口説き始めた。俺は水割りを作らされ、どっちが指名だか分からなくなっていた。
次の日も彼女が来たが、彼女の指名はスニーカー清に替わっていた。後で、新人仲間からスニーカー清が寝取ったらしい、という噂を聞いた。
ほんの2〜3日で、「初めての指名」という最高の喜びと「始めての指名替え」、客を取られるという屈辱を味わされてしまった。

同期の遊木はスニーカー清のグループでどんどん頭角を現してきた。保証は一日3千円だが、5〜6本のヘルプもついて、結構な収入になったはずだ。俺もいつまでも落ち込んでいられない。自分の名刺を作って、水商売の女性の出勤時間に合せて新宿へ行き、一生懸命配った。自分の収入ではキャバレーなどを客として回って営業するような金はない。50枚配って、一人来るか来ない程度の営業を頑張っていた。
その日は、新人仲間と二人でつるんで歌舞伎町でナンパしていた。22時ごろだった。俺の後ろに誰かが立った。気配で振り返ろうとした時、もう一人が驚いた顔で、お辞儀をしながら、「お帰りなさい!田宮さん」と声を出した。俺も慌てて会釈する。
「おー!今日、出所(で)てきたんだよ」と上機嫌で応えた。身長187cmくらいだが、松田優作を思わせるような格好の良い男が背後に立っていた。少し痩せたが、精悍な顔は入店間もない時に写真で見たバンビ田宮だった。
バンビ田宮は店のNo.1だったが、ある日忽然と姿を消し、噂では鑑別所に送られた、とのことだった。年齢は俺より1つ上の19歳だったが、新宿のブラックエンペラーという暴走族のリーダーあがりで、武道派。以前、伏見直樹社長から「新宿で日本刀を振り回してヤクザを追いかけまわしたことがある。落とし前で店を壊されては困るから、バンビを連れて菓子折りもって謝りに行った」とも聞いたことがある。
「俺は新人のクロサワです!」と改めて挨拶する。「そうか新人か、頑張れよ!俺は今日から店に出るから」と笑顔で肩を叩かれた。その手指は空手家のようなごつい手だった。
店に向かいながら「スニーカー清がNo.1だって?!俺が帰ってきたからには、俺が返り咲いてやるよ。お前とここで会ったのも何かの縁だ。お前は今日から俺のヘルプだ。俺の専属だからな」と言った。
「わかりました!」
バンビ田宮の精悍な横顔、ギラギラとした目、ある種のオーラを放つような感じ。
「この男の下なら後の5人を敵に廻しても戦っていける!」
――そう確信した。

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