第八話
第4章 ジゴロ道
サッカー選手の寿命は5〜7年と言われている。野球選手でも一部の選手を除き7〜15年くらいが稼げるピークである。ある有名な野球チームのスター選手で、現在司会など幅広く活躍している人が語っていた。
「人生はすごく長い。今の人なら70〜80歳くらいの寿命がある。長い人生のうち、自分が野球に費やした人生は非常に短い。ある意味で野球は仕事ではない。趣味なり楽しみなものが入っている。その世界で必死に頑張って、何億という大金を稼いでも、長い人生をトータルでみるとサラリーマンと大差ない。」
サッカー選手が少年時代から活躍してプロに入り一生懸命稼ぐ。その時は月に何十万もするスーツを何十着も買う。しかし、サッカー引退後には貧乏暮らしが待っている。転職して運送業で肉体を酷使して働く者もいる。
スポーツで成功して大金を稼いでも、所詮、短期間に稼いだ金は自分の身に就いていないからだ。現役時代の贅沢三昧を引きずって、引退後に大金を使い果たす、あるいはそれを資金に事業を起こして失敗している例はいくらでもある。
野球もサッカーも仕事とはいえない。趣味や娯楽が転じたものではないか?ホストも、はっきり言えば仕事ではない。もちろんお金を稼ぐ手段かもしれないが、結局根底にあるのは女好きが講じたものではないか?
「ザ・ジゴロ」という店を作った伏見直樹という男、彼は普通のホストではなかった。
普通のホストだったら、お金を儲けたら儲けた金を資金に焼き鳥屋やスナック、あるいはホストクラブなどを開こうという夢がある。そうして数千万、あるいは一億も稼いだホストは次々と夢を実現するために店を去っていった。しかし、数年、あるいは数ヶ月でそれらのホストは殆ど戻ってくる。
裸一貫で一人で稼ぐのと会社や店を経営するのは全く違う。現役のホストで華々しく活躍して稼いだホスト10割のうち、8〜9割方は事業に失敗している。事業は一人でやるものではないからだ。最終的に借金を背負って、またホストに戻ってくる者がいかに多いことか。
ホストの世界で成功した一握りの中に愛グループの愛田社長がいる。現在でも、愛グループとして7〜8店舗のホストクラブを擁し、年商18億円とか言われている。
伏見直樹もその愛田社長に憧れて店を構えた一人だ。彼は普通のホストクラブと違うコンセプトで店を開いた。「ザ・ジゴロ」の従業員はホストではない、タレントやスターを持つプロダクションといったイメージ。一人ひとりが個性があり、ホストとは違う集団なのだ。
常日頃から伏見直樹は「僕たちはホストではない。ジゴロなんだ」と言っているし、そのメンバーは他のホストより物欲や出世欲の強い人間が集まっている。店内外は戦い、お客の取り合い。女を落とすことに関して、その精神は物凄いものがあった。
「あのホストがお客に1日3回電話するなら、お前は5回かけろ!どんな女でも落とすにはマメさが必要、マメだっていうことが一番」と伏見直樹は言う。
銀座のクラブホステスのナンバー1は絶対ブスな女、ナンバー2が美人だと言われている。ホストの世界も同じ。ナンバー1の男は美男子かというと、決してそうではない。むしろ不細工でちんちくりんな男なのだ。では何故ナンバー1になれるのか?そこには”努力”があるのだ。
まず押し。押して押して押しまくる。ストーカーは論外だが、女に嫌がれない範囲で押しまくれば、最後は必ず女性に理解されるし、絶対落ちる。
例えば、女子大生をソープランドで働かせるとする。そのためには命がけでやる。もし、その女を3ヶ月以内にソープランドで働かせて自分に貢がせることができないのだったら、お前は死ね。3ヵ月後にはお前の命はないんだ。本当にお前の命があと3ヶ月でなくなるとしたら、お前はその女をソープランドに行かせることが出来るはずだ。それが出来ないというのは、お前が命がけでやっていないということなんだ。
ただし、お前はその女を騙していると思うなよ。お前に騙されるだけその女は幸せなのだ。世の中には、もっと悪い男がいる。お前に騙されているうちが華なんだ。騙される女は、どうせ誰かに騙される。お前が騙さなくても他の男が騙すんだから。もっと悪どい奴、ヤクザとか素人に騙されて、もっと悲惨なことになる女もいる。薬を使う奴もいる。そうした者に騙されてやつれて最後には自殺とか、悲惨な女になってしまったらどうする?
ホストは、世間に言わせれば騙す仕事ということになるのかもしれないが、貢がせる女に夢を与える仕事でもある。良い洋服を着てスタイルも良くし、良い化粧をし、光らないと稼ぐことはできない。そんな稼げる女に磨いてあげる、そこが違うんだ。
そのように1に押し、2に金。男は金がなければ駄目。金がなければ絶対に女は落ちない。3に色男。男と言うものは何歳になっても、例えば60や70歳になっても、政治家は年が分からない。誰もおじいちゃんなんて言わない。外には60歳でクソジジイとか気持ち悪いジジイとか言われて干からびている人間もいるが、決してそんな男になってはならない。絶対に色気をなくしてはならない。
こうしたところに伏見直樹のジゴロ道、ジゴロ精神がある。そうした考え方に皆が同調して、一丸となって進んでいた。
しかし、ある日のこと。入店数日の新人で、そうした考えに逆らった男が現れた。水樹という男である。
普通、新人には客はいない。下っ端から努力して顧客をつけていくのが一般である。ところが、彼は最初から2〜3人のソープ嬢の客をもって入店したのだ。その新人が朝のミーティング時に延々と伏見直樹を相手どり、散々口論、というより文句を言っていたのだ。そんなことは、過去に一度もなかった。
伏見の考え方は、女が稼いだ金は半分は俺のもので、半分はお前のものというような顧客を決して潰さない考えがある。ところが、水樹の考えは違う。女が稼いだ金は全部俺のもの。伏見に向かって、「余計なことを言うな、俺の女にそんなことを吹き込むんじゃない。半分は女のものじゃない、全部俺のものだ。俺は女にそういう教育をしてきたんだ。俺は伏見さんとは考え方が違うんだ。俺は女を騙していない。地球上の女は全部俺のものだ。俺は地球上の女を全部愛しているんだ。本気なんだ」。
彼には彼の考え方・哲学があった。「俺はジゴロじゃない。ドンファンなんだ」
ジゴロの哲学とドンファンの哲学がぶつかり合ったのだ。今まで誰も伏見直樹に口論などしたことがない店内が緊張した空気に包まれた。
続き |