第十話

第五章 ヘルプ生活A

 ホストクラブに入るのは、非常に難しく、どこの店も狭き門で、入店希望者は多いが殆どが不採用。応募が20人あったとしても、せいぜい一人くらいしか採用されない。採用されたごくわずかな採用者がやがて一人前として活躍していく。しかし、伏見直樹は違った。彼の方針は「来るものは拒まず」で、面接に来た者全員を採用する。店には大体1日20人からの応募がある。面接は毎日あるから2日で40人、3日で60人…と、すぐに店はホストで溢れてしまうはずだが、殆どの人間は1日で辞めてしまう。一ヶ月で延べ二百人以上入店するとしても続いていく人間はせいぜい一人だった。

  それはホストの仕事が、キャバクラ嬢などのように初日からいきなり席に着かせてもらうわけではなく、最初は下っ端の下から。キッチンの皿洗いから買出し、店の掃除などからはじまり、料理作り、またボーイのように料理を運んだりボトルを出したりと、あらゆる下積仕事が一ヶ月以上続く。しかも先輩ホストは仕事に厳しい。ボトルの置き方や酒のグラスへの注ぎ方などすべてに決まりがあるのだが、そうしたやり方が悪かったり、ちょっとでも料理を出すのが遅かったりすると、すぐに怒鳴られる。あるいは暴力をふるわれることも多々ある。あまりにも徒弟制度が激しすぎるから普通の人間はまず続かない。

  ホストにはヘルプがついているが、一人のホストに最低3人。多いホストで5〜6人ついている。努力と根性で一ヶ月以上続けて、ようやくホストから「俺のヘルプにならないか?」と声をかけてくれて、そのホストのヘルプの末席につけてもらえる。しかし、ようやくヘルプになれたとしても、その一番末席だから店でも遣い走りから雑用、私生活でも部屋の掃除から洗濯など24時間寝る暇もなく働かされることになる。ただし、1つのテーブルにヘルプで着くと八百円、保証の他にもらえるので、大きな派閥につくと結構な収入となる。

  ホストは派閥になっていて、一人のホストで派閥が形成されている場合もあれば、3人のホストで派閥を組むことや10人のホストで派閥を形成する場合もある。そうした大きな派閥ともなると店長よりも力がある。その派閥のボスが辞めると店の半数以上の人間が辞めてしまうことになるからだ。

  俺の場合は店に入ってから2ヶ月半というもの、ずっと下働きを続けていた。途中、何度かチャンスもあった。あるホストから「アイツはどうかな?」と自分の部下として見定めるため、試しにテーブルに呼んでくれたこともあった。しかし、それは一回で終わったり、スニーカー清に爆弾を投げて怒鳴られまくられたことが致命傷となり、「アイツはどうしようもない」「使いものにならない」というレッテルを貼られてしまったようで、ずっと干されることになってしまった。

  ところがバンビ田宮の筆頭ヘルプになることが決まった瞬間から空気が変わった。
アキラというホストがいた。彼は身長が一六五cmくらいしかなく、大した風貌でもなかったが、元ボクサーで、それを売り物にしていた。店は生バンドが入っており、カラオケのように客や客とホストがデュエットで歌えるようになっているが、アキラは歌の合間にシャドーボクシングを披露したり、酔っ払うと上半身裸になってボクシングスタイルを見せる。元ボクサーだから、体はすごくがっちりしていてしまっており、なかなか格好良く、客に受けていた。

  以前、新宿を歩いていたら、黒い皮ジャンに黒い皮のパンツにブーツといったいでたちのアキラにばったり会ったことがある。ミキという彼の女が働かせているソープランドから脱走したので、それを自分のヘルプ5名を総動員して探させていた最中だった。アキラは俺を見るなり声をかけてきた。
「おぅ クロサワ!ミキが逃げたんだ。まだ近くにいるはずだからお前も探してくれないか?」
俺が拒むと財布から五千円札を一枚出して「これで探してくれ!一時間でいい。頼むぞ!」と言われて一緒に探したことがある。結局、ミキは見つからなかったが。
ある日、店で掃除をしている時、そのアキラが「お前に話しがある」と声をかけてきて店の事務室に連れていかれた。俺を椅子に座らせるなりアキラが尋ねた。
「お前はなかなか辞めないね。2ヶ月半もいて、皆から『全然使いものにならない』って聞いていたし、スニーカー清にあんな目にあわされたりしたのに何で辞めないの?」
「いや別に…」
「辛くないか?」
「いや全然…大丈夫ですよ」
「お前、やる気はあるのか?」
「もちろん、やる気はあります」
とアキラの問いに俺が答えると、アキラはにっこり笑って俺の肩をたたいていった。
「お前は大した奴だ。お前の根性を認めたよ。お前を信用することにする」
「今、皆を呼ぶから…」
というなり部屋を出ていった。そして各派閥の頭を引き連れて戻ってきた。皆が部屋に入ると、アキラが皆に聞こえるように声を張り上げながら俺に言った。
「話によると、お前、田宮の筆頭ヘルプになるんだって?俺はお前のことを認めた。俺の派閥に入れてやろうと思っている。…だから、俺のヘルプにならないか?」
別のホストが「田宮のヘルプはやめておけ」と言った。
俺は「それはできない。田宮さんに声をかけてもらったのが最初だし、田宮さんのとこでやります。もう田宮さんにも応えたので辞めることはできない」
ときっぱり拒否した。
「あぁ、そうか。じゃあしょうがないな」
アキラは残念そうな顔をして、他のホストとともに部屋を出ていった。
後で聞いた話だが、バンビ田宮はやはりすごい男だった。彼は店の初代ジゴロ・ナンバー1で、彼がいた時は店の8割が彼の客で埋まっていたらしい。それが暴力事件で捕まってしまったために、客の流れが変わってしまっていた。彼が復帰することで店の力関係が滅茶苦茶になる可能性が高い。俺がバンビ田宮の筆頭ヘルプを断れば、彼も仕事がやりづらくなると踏んだらしい。

案の定、バンビ田宮が復帰してからは変わった。まずバンビ田宮は客と同伴で入ってくるなり、「おいクロサワ!○卓に案内しろ」と俺に客を席に案内させる。その間にすぐに外へ出ていって別の客を連れてきた。あるいは電話で呼び出したり、客が単独で連れ立って店に来ることもある。あっという間に店の半分くらいが彼の客で一杯になった。俺の仕事は一変した。バンビ田宮のヘルプとして一日に5組〜8組の客の間を順にまわらなければならない。
フロントに「ヘルプ希望」の用紙があり、そこに記入するとヘルプを呼べる決まりがあるのだが、そこに記入しても誰もヘルプについてくれなかった。それはホスト全員を敵にまわしたからだ。そこで目をつけたのが店に連日入るホスト希望の新人。バンビ田宮からも「何もできない奴でもいい。その場でちょこっと指示して座らせておくだけでいい」と言われていた。俺は新人ホストを片っ端から席に回すことにした。俺の仕事にバンビ田宮のマネージャー的な仕事が加わった。

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